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今週の備忘録【レーダイとクロフネの関係】

2008年08月26日

今週のレーダイ
【夏の主役は譲れない、その名を記録と記憶に刻み込め。】

ヒーロー列伝ポスター?52(クロフネ)キャッチコピー
【記録を残した。記憶を刻んだ。】

共通点
【記録、記憶、刻】が一致。

★クロフネの競走生活
 クラシック競走が外国産馬に解放される世代にデビュー。
 同期はアグネスタキオン、ジャングルポケットなど。
 その馬名は、クラシックの解放、日本の開国にもじって、
 江戸時代末期に浦賀沖に来航した、マシュー・ペリー率いる
 アメリカ艦隊に代表される欧米列強の蒸気船の通称(黒船)に
 由来する。

 その名のとおり、外国産馬クラシック解放元年の勝利に向け、
 毎日杯、NHKマイルカップと勝利を重ねるクロフネ。
 しかし、大目標であった東京優駿(日本ダービー)では、
 ジャングルポケットに次ぐ2番人気に推されながら、5着。
 残念ながら勝利には至らなかった。

 2001年秋、夏場の休養を経て神戸新聞杯に出走するも3着。
 この後は距離適性を重視し、天皇賞(秋)を目指すことになるが、
 ここで彼の運命が変わる。
 
 当時天皇賞(秋)は外国産馬の出走が2頭までとされており、
 クロフネは除外対象であったため、出走できなくなった。
 そこで、ダート戦である『武蔵野ステークス』に出走。
 その武蔵野ステークスでは、2着に9馬身差をつけて圧勝。
 ダート1600mの日本レコード、1分33秒3を記録した。
 この圧勝劇で、ジャパンカップダートを目標に切り替える。
 そのジャパンカップダートでも、2着に7馬身の差をつけて圧勝。
 ダート2100mの世界レコード2分5秒9という破格のものであった。

 「日本にはクロフネという名の、白いセクレタリアトがいる」
 この勝利で、その名は世界に広まった。

 クロフネが勝ったジャパンカップダートで記録したペースで
 2400mを走れば、伝説の「セクレタリアトのベルモントS」の
 タイムに迫るのではないか、と言われたためである。




【セクレタリアト】
 ・1970年米国生まれ、栗毛馬
 ・21戦16勝、米国三冠馬。父:ボールドルーラー
 ・1972、1973年の【エクリプス賞】授賞馬。
 ・2代目【ビッグレッド】と呼ばれた。(初代ビッグレッドの愛称は【マンノウォー】)

【エクリプス】
 ・1764年英国生まれ、栃栗毛(右後脚一白の栗毛馬ともいわれる)
 ・18戦18勝(20戦、26戦ともいわれるが全勝には変わりない)父:マースク
 ・金環食の日に生まれたのが馬名の由来。
 ・CLUB KEIBA ルール36に登場。
 ・“Ecllpse first, the rest nowhere”「エクリプスが一着、他の馬はどこにもいない」
 ・英国のことわざで、「他を圧倒して並ぶものがないさま」という意味。
 ・今のサラブレッドは、ほとんどがエクリプスの子孫

【マンノウォー】
 ・1917年米国生まれ、栗毛
 ・21戦20勝、米国二冠馬(ケンタッキーダービー不出走)
 ・初代【ビッグレッド】

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GIII 解読 | Comments(0) | Trackback(0)
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